諸行無常
  昨日から黄金週間に入り、たまに国道のバイパスからバイクの爆音が聞こえてきます。また近所では田植え前の準備で、トタクターが田を耕す音でにぎやかです。
 朝はまだ気温が7,8度でファンヒーターをつけるのに、昼間は25,6度まで上がり半そでシャツでもよさそうです。
 典型的な標高の高い内陸部の気候です。体がついていけず疲れます。
 さて以下は、昨日北里地区を托鉢して配った文書の内容です。
 今年も桜の花は、あっという間に散ってしまいました。こんな話があります。
 石川洋さんが桜並木を朝散歩していると、八十歳位の女性が、散った花びらを掃いていました。大変ですね、ご苦労様ですと声をかけると、その女性は「私はもう年なので、来年の桜が見られるかわかりません。なので、掃くのは大変でも、美しい桜を見ながら掃除ができることが嬉しく感謝しています」と話してくれました。
 その日の午後、石川さんがある寺を訪ねると、朝と同じように桜の下で散った花びらを掃いている高齢の女性がいたので、労いの言葉をかけて、桜の美しさを褒めたところ、その女性は「あなたは見るだけだからいいけど、掃除する私は大変なのよ」と愚痴をこぼしました。
 はかない桜の花の命に、はかない自分の命を重ね合わせて無常を感じ、生かされている命に感謝できる人か、それとも自分の都合だけを考えて愚痴しか言えない人か、皆さんはどちらでしょうか。
 無常を感じて生かされている命に感謝できる人は、心の豊かな幸せな人です。以上
 黄金週間はどこも田植え時期なので、供養を頼まれることも少なくのんびりです。小国は年に一度の道路渋滞が発生するので、どこへもでかけません。。家内は野菜苗の植えつけ、小生は読書と草取り,べスパの整備で過ごします
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【2012/04/29 10:43】 | - | トラックバック(0) | コメント(0)
春が来た
 小国はようやく水仙が咲き始め、ウグイスの声もあちこちで聞こえます。朝の座禅も本堂の室温が五度を越すと大分楽で気持ちよく坐れます。四日前に北里を托鉢してきました。以下文書の内容です。
 まだ朝は寒いですが、昼間は春の風を感じてほっとするこの頃です。
『菜根譚』に「自然の気候が暖かくなると植物が生育し寒いと枯れるように、人の心も冷たいと神仏から受ける福も少なく、暖かいと福も多く長く続く」とあります。
 亡くなって三年ほどになりますが、私が月経でお世話になった家のある高齢の女性の方は、冬にお参りに行くと、必ず私の坐る座布団をコタツでぬくめておいてくれました。ちょっとしたことでしたが嬉しく、今でも心温まる思い出です。
 心の暖かい人は他人の心も暖めて、自他ともに幸せになることができます。

  花祭りのご案内(御釈迦さんの誕生日のお祝い)
 四月十日 午前十時より法要 どなたでも甘茶を飲みにおいで下さい。
【2012/04/01 21:03】 | - | トラックバック(0) | コメント(0)
春が待ち遠しい
 二ヶ月ぶりのブログ更新です。この冬は全国的に寒さが厳しかったせいか、どこでも梅の開花が遅れているようです。
小国も二月三日の節分星祭りの朝は、数年ぶりに零下12度まで下がりました。その日の本堂の気温は零下7度で、こんなに下がったのは初めてです。給水給湯も夕方までは使えませんでした。水道管に巻いてる電熱器も役立たずでした。
 今年は、雪は降っても大して積もらずほとんど残ってませんが、何しろ寒くて一月は托鉢をサボってしまいました。
ようやくおととい小春日和の天気になったので、大急ぎで文書を作り北里地区を托鉢してきました。以下文書の内容です。
 「梅は寒苦を経て清香を発す」という禅語があります。寒い冬を越した梅が美しい花を咲かせ香りを放つように、人も苦労すると人格が向上するというたとえですが、必ずしもそうとは言い切れません。
苦労があだになり、ひねくれてしまう人もいます。また、苦労を自慢して人を見下す人もいます。
 昔、修養団体一燈園の石川洋さんが、二ヶ月間入植者の仕事を手伝いに行き、手足に豆を作って帰ってきました。
仕事を世話してくれた人にあいさつに行き、初めてした百姓仕事の苦労話を報告したところ、その人が「あんたが大変だったのはわかるが、なぜそれしか言えんのか。初めての百姓仕事で百姓の苦労がわかったと言えなければ、苦労が実ったとは言えんのだよ」と叱られ、石川さんはいたく感動したそうです。
 他人の苦労がわかるとき、その人に本当の優しさと思いやりの心が育ち清香を発すのです。 以上
「寒い寒い」とつい愚痴が出てしまいます。しかし最近陽も伸びて、遠くから聞こえて来る鳥の声が春の訪れを感じさせてくれます。小国の春はあと二ヶ月先です。水仙もやっと芽が出たところです。春が待ち遠しいです。
【2012/02/26 09:47】 | - | トラックバック(0) | コメント(0)
ツケを残さない
 本格的な小国の冬がやってきました。毎朝本堂は零下です。昨日おとといと今年最後の托鉢をしてきました。気温が低い上に風が吹くと手足だけでなく口周りまで冷え切って、お経をあげるとろれつが回らなくなってしまいます。以下文書です。
 今年あった東日本大震災と原発事故は、世界史に残る大事件です。震災からの復興はできても、原発事故による放射能の影響は計り知れません。便利で快適な電器生活生活のためにと造った原発が、後世に大きなツケを残すこととなりました。
幕末の儒教者の佐藤一斎が「今世の毀誉は懼るるに足らず 後世の毀誉は懼る可し 一身の得喪は慮るに足らず 子孫の得喪は慮る可し」つまり、今の人たちの評価よりも子孫の評価を、今の私たちの利益より子孫への影響を考えなければいけないという教えです。
家でも国でも、後世にツケを残して子孫が苦しむことがないように考えて行動し、少しでも徳を残して子孫が幸せになるように努力することが大事です。以上
 今年は日本にとって大変な年でした。被災に苦しむ人たちのことを思うと、日常のつまらない愚痴など言ってられません。民主党の政治も一貫性がなくぶれてばかりでツケを先送りし、少しも国民の意見が反映されているようには思えません。ため息が出るような社会情勢ですが、希望を持って生活するしかありません。
 風邪を引いたのか少しのどが痛みます。明日の大般若祈祷のためにと言い訳して、今朝のお勤めをサボってしまいました。小国の厳しい冬は本当修行になります。
【2011/12/30 21:10】 | - | トラックバック(0) | コメント(0)
最近は托鉢がどうも倦怠気味になってしまっています。毎月の予定が一ヶ月を越えてしまいます。なにしろ文書が書けません。もともと頭が悪いので、本からの引用をアレンジして書いたのも多いのですが、それでもなかなかできません。昨日も午前中悩んでやっと作り托鉢してきました。以下文書です。
 読書の秋です。本を読んで知識を得たり見識を広めることはいいことですが、逆に理屈っぽくなって口先だけで生活がおろそかになるようではいけません。
 明治時代に、ある大学で哲学を学ぶ学生たちが、仏教の大家と呼ばれる和尚の寺を訪ねました。座敷に通された学生たちは、お茶を出されても飲みもせず一所懸命哲学で和尚に質問をします。黙って聞いていた和尚は、突然急須にお湯を入れてお茶を注ぎ始めました。飲んでいない茶碗にお茶を注ぐので、お茶はあふれて畳にこぼれます。学生たちはあっけにとられて質問をやめ、こぼれるお茶を黙って見てました。すると和尚が「こんなとき哲学ではどうしますか」と聞くと、学生たちは困ったようで何も答えられません。すると和尚は「仏教ではこういうとき拭きます」といって畳を拭きました。生活は理屈ではありません。以上
いまいち論旨がまとまらない文書だと思い悩みつつ約100部配ってしまいました。もう17年も続けてる托鉢、毎月悩みつついつまでできるか修行のしどころです。
 話は変わりますが、どうも総理大臣はTPPに参加するつもりのようですね。反対意見も多く、日本の産業や生活に多大な影響を与えることなのに、時間をかけて熟慮もせず断行していいのでしょうか。とても恐ろしく感じます。
 私見ですが、世界の人口が70億人に増えた今、衣食住の自給率を高めておくことが最大の安全保障だと思います
TPP参加でもし日本の第一次産業が衰退したら、それは経済だけでは計り知れない影響があるように思います。そして、世界的な経済競争に巻き込まれれば、ますます日本人の心は疲弊していくような気がしてなりません。

 

 

【2011/11/10 22:04】 | - | トラックバック(0) | コメント(0)
和尚さん日記


熊本にある霊夢山瑞龍寺の住職の不定期日記です。

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